OpenAIとMUFG、戦略的連携で目指すAIトランスフォーメーション ーー MUIP Innovation Day 2024レポート 2/3

2024.12.03

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本稿は三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)が10月18日に開催した大型イベント「MUIP Innovation Day 2024」のセッションをまとめたもの。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の事業会社各社とのオープンイノベーションを念頭に、スタートアップ・テクノロジーとの融合はどのようなシナジーを生み出すのか。セッションの内容を紐解いてご紹介する。

戦略的連携で目指すAIトランスフォーメーション

AIで金融、社会はどう変わるのか。10月15日に発表されたOpenAIと三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の取り組みに関して、そのキーマンである二人がステージに登場した。

OpenAI Japan 代表執行役員社長の長﨑忠雄氏と三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のグループCDTO(Chief Digital Transformation Officer)、山本忠司氏による対談では、両社の戦略的な取り組みの狙いや、生成AI活用の現状と展望について、具体的な事例を交えながら議論が展開された。なお、本セッションは三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)の代表取締役社長、鈴木伸武がモデレートした。

MUFGの生成AI活用の現状

三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)代表取締役社長の鈴木伸武

MUFGは今年、中期経営計画の中でデータ基盤とAI活用を明確に打ち出し、改革を実施している。これまで分散していたデジタル関連の組織を「デジタル戦略統括部」として統合し、全社的なデジタル推進体制を確立した。

特筆すべき取り組みとして、AIインテリジェンスチームの設置がある。このチームは先進的な企業からの情報収集を担当し、最新のデジタルトレンドをキャッチアップする役割を果たしている。

ChatGPTについては、昨年から全社員が利用可能な環境を整備しており、利用率も着実に上昇しているそうだ。山本氏は「AIを使う習慣を定着させることが重要」と強調し、「最初のハードルは高いものの、一度超えると便利さが浸透していく」と説明している。

また、MUFGはAI活用において、先進的な企業とのパートナーシップを重視している。特に今回のOpenAIとの取り組みについて山本氏は、「米国において(MUFGの)パートナーであるモルガン・スタンレーとOpenAIが密接な関係を築いており、新製品のフィードバックを通じて製品開発に貢献している好例がある」と述べ、日本でも同様の関係構築を目指す意向を示した。

一方、長﨑氏からは、データ活用に関する重要な指摘があった。「日本の企業ではデータの学習が必須だと考えているケースが多いが、ChatGPT Enterpriseは必ずしも学習を必要とせず、データの参照だけでも高い精度を実現できる」と説明し、その精度向上を支援していく姿勢を示した。

これらの試みは、企業におけるデジタルトランスフォーメーションを加速させる基盤として位置付けられており、今後の展開が注目される。

グローバルでの先進的な活用事例

OpenAIの長﨑氏は、グローバルでの生成AI活用の先進事例として、複数の注目すべき取り組みを紹介する。

製薬大手のモデルナは、ChatGPT Enterpriseの導入において画期的なアプローチを採用したという。通常のソフトウェア導入では段階的な展開が一般的である中、モデルナは6,000人の全社員に一斉に展開するという思い切った戦略を取った。

長﨑氏は「トップの事業戦略と連動させ、大規模に展開した企業は非常に良い成果を出している」と指摘し、AIの成功には事業戦略との統合が鍵になると強調する。

一方、通信大手のT-Mobileは、OpenAIとの戦略的な連携により、二つの重要な領域での改革を進めている。一つは複雑なネットワーク管理の自動化、もう一つは大量の問い合わせに対応するカスタマーオペレーションの効率化である。この取り組みの特徴は、コスト削減目標と利益向上目標を明確に設定し、こちらもトップダウンで推進している点にある。

そしてフィンテックとの融合については、印象的な事例として、「後払い・BNPL」で一気にトップ企業に上り詰めたスウェーデン・Klarna社の取り組みが紹介された。

同社はAIを活用したカスタマーサポートを導入し、驚くべき成果を上げているそうだ。具体的には、約700人分の正社員と同等の業務処理を実現し、問題解決にかかる時間を11分から2分へと大幅に短縮した。この改革により、大規模な利益改善を達成している。

長﨑氏は「これはまだ始まったばかり」と述べ、今後マルチモーダル機能などの新技術が加わることで、さらなる展開の加速が期待できると展望を示す。特に、複雑な問い合わせへの対応や多言語展開において、AIの活用が革新的な成果をもたらす可能性を指摘している。

これらの事例は、生成AIの活用が単なる業務効率化を超えて、事業戦略と密接に結びついた変革を実現できることを示している。MUFGとOpenAIの連携においても、同様の戦略的アプローチが期待される。

MUFG執行役常務デジタルサービス事業本部長兼グループCDTOの山本忠司

また、生成AIがもたらす金融サービスの未来像について、山本氏は具体的なビジョンを示した。特に注目すべきは、顧客とのインタラクションの革新的な変化である。

従来の金融サービスでは、あらかじめ用意された商品やサービスを提供する形が一般的であった。しかし、ChatGPTの活用により、顧客との双方向の対話を通じて、一人ひとりのニーズに合わせた提案が可能になると山本氏は指摘する。

さらに重要なのは、この個別化されたサービスを人的リソースに依存せずに提供できる点で、これを「画期的なビジネスモデルの転換」と評価する。

このビジョンが実現すれば、従来は銀行窓口や面談室でしか受けられなかったサービスが、場所や時間の制約から解放されることになる。

山本氏は自身の「夜中にふと目が覚めて何かしたいと思ったときにアクセスすれば、非常に的確な提案をもらえる」というChatGPTならではの使い方を挙げ、24時間365日、質の高い金融サービスを提供できる未来像を描いている。

導入における課題と対応策

OpenAI Japan 代表執行役員社長の長﨑忠雄氏

一方、生成AIの導入には壁もある。その導入課題について、山本氏と長﨑氏は、技術面から組織文化まで幅広い観点から議論を展開した。

山本氏は、最大の課題として「データの質と量」を挙げる。

特に金融機関特有の複雑な手続きや規則については、熟練者しか理解できないような内容も多く、これらをAIが理解できる形で整理することの難しさを指摘している。

また、金融機関特有の課題として、AIの活用に対する心理的障壁の存在も明らかになった。山本氏は「人間が犯すミスは許容されるが、AIのミスは過度に問題視される傾向がある」と指摘し、この認識のギャップを埋めていくことが、AI活用の拡大には不可欠だと述べている。

これに対して長﨑氏は、技術的な観点から現状の課題と対応策を説明した。

現在、多くの企業が試行錯誤を重ねており、コンピューティングリソースの効率的な活用方法について、画期的な進展が期待できるとしている。

生成AIの精度向上、特にハルシネーション(誤った情報の生成)の防止については、OpenAIの取り組みが詳しく説明された。同社では新しいモデルをリリースする際、半年以上かけて安全性や倫理面のテストを実施しているとのことである。

特に「Jailbreak」と呼ばれる、AIの制約を回避しようとする複雑な試みに対しても、適切に対応できるよう入念な検証を行っている。

さらに、AIの社会実装における重要な課題として、規制対応の必要性も大切になってくる。長﨑氏は関連する行政などとの連携を視野に「われわれだけでは足りない」と述べ、規制当局との対話を通じて適切なルール作りを進めていく考えを示した。

こうした課題に対し、両社は戦略的な取り組みを通じて共同で取り組んでいく方針だ。特に日本市場における先進的な事例を創出することで、グローバルな課題解決にも貢献することを目指す。

戦略的パートナーシップへの期待

セッションの終わり、2024年10月15日に発表されたMUFGとOpenAIの戦略的パートナーシップについて、両社のトップが熱い期待を語った。

長﨑氏は「日本を代表する金融機関であるMUFGと共に、どこにもないようなトランスフォーメーションの事例を作りたい」と意気込みを示す。

その範囲は社内の働き方改革から、顧客体験の革新まで幅広く及ぶ。特に、AIとオートメーションを活用した新しい顧客体験の創出に強い期待を示し、「対等な関係で新しい価値を共に作っていきたい」と述べている。

山本氏は、この提携の意義について、米国でのモルガン・スタンレーとOpenAIの関係性を参考にしながら説明した。モルガン・スタンレーでは、新製品が出るたびにフィードバックを提供し、それを基に新しい製品開発につなげていく密接な協力関係が確立されている。MUFGはこの成功モデルを日本でも実現することを目指している。

長﨑氏はこの点について、モルガン・スタンレーとは様々なやり取りを重ね、複数の大規模プロジェクトを共同で進めてきた実績があると補足。「このような関係性をMUFGとも築き、日本発のイノベーションを世界に発信していきたい」と展望を語った。

また、長﨑氏は組織変革の重要性も強調している。AIの導入は単なる技術導入ではなく、チェンジマネジメントの側面が大きいと指摘。「チャットボットを作って終わり」というアプローチではなく、事業戦略と一体となった取り組みが必要だと述べている。

その上で、OpenAIのノウハウ提供を通じて、確実な成功に導くことへの自信を示した。

MUFGとOpenAIのパートナーシップは、単なる技術提携を超えて、日本の金融サービスの未来を描く取り組みとして位置付けられている。両社は長期的な視点で着実に進めていく方針を示しており、その成果は日本のデジタルトランスフォーメーションの一つのモデルケースになることが期待される。

OpenAIとMUFG、戦略的連携で目指すAIトランスフォーメーション ーー MUIP Innovation Day 2024レポート 2/3