MUFG×Sakana AI ─ 金融グループが描く、生成AI活用の未来像【MUFG Startup Summitレポート】

2025.02.06

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三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)が生成AI開発のSakana AIに出資し、本格的な協業をスタートさせた。保守的とされる金融機関が、なぜAIスタートアップとの連携を選択したのか。デジタル戦略統括部長の江見盛人氏とSakana AIでプロジェクトマネージャーを務める奥田遼介氏、三菱UFJイノベーション・パートナーズ(以下、MUIP)代表取締役社長の鈴木伸武が、金融分野での生成AI活用の課題と展望を語る。

異質な組織の融合がもたらす可能性

2023年に日本で創業したSakana AIは、その創業メンバーの経歴からも注目を集めている。CEO のデイビッド・ハ氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダーであり、その後Googleで機械学習の研究に従事。また、現在の生成AIの技術で広く使われている深層学習モデル「Transformer」の開発に携わった元Googleのライオン・ジョーンズ氏がCTO、外務省からメルカリを経てビジネス部門を率いる伊藤錬氏がCOOを務め、ほかにも多彩な人材が集結している。

「日本で設立された会社としては珍しく、外国人メンバーが非常に多い。世界レベルで研究成果が認知される活動ができているのが特徴」と奥田氏は語る。すでにNVIDIAからも出資を受けており、今回のMUFGからの出資を含め、研究開発の成果を実ビジネスへと展開する段階に入っている。

一方のMUFGは、2024年4月にデジタル戦略統括部を新設。AI、DX、データ活用全般を推進する専門組織として、従来は分散していた機能を一つにまとめた。

「保守的な銀行員が多い組織というイメージかもしれないが、当部署は非常に異色の存在」と江見氏は説明する。事業会社出身者など多くのキャリア採用を進めており、「スタートアップのような部署」という表現も飛び出すほどだ。

このような異なる文化を持つ両社の協業において、特筆すべきは互いの強みを理解し合う姿勢だ。奥田氏は「MUFGの仕事の進め方は非常にしっかりしている」と評価する。特に「できる」という言葉を使う際の確度の高さなど、言葉の使い方一つとっても、長い歴史の中で培われた企業文化が垣間見えるという。

よくある大企業とスタートアップの協業での課題である「スピード感の違い」や「過度な慎重さ」といった問題は見られない。また、「企業の特徴は長く根付いているものなので、変えるというよりは、その特徴を活かして進める方が良い」と同氏は話す。特にMUFGの場合、「非常にフラットに、かなり正直にいろいろとお話をしていただいている」という。この透明性の高いコミュニケーションが、異なる文化を持つ組織間の協業を成功に導く鍵となっている。

ただし、これから実際の現場展開が始まる中で、新たな課題が出てくる可能性も示唆された。特に、AIに対して抵抗感を持つ従業員との関係構築は、今後の重要な課題となりそうだ。

生成AI導入の実務的課題と技術的解決策

MUFG デジタル戦略統括部長の江見盛人氏

生成AIの導入において、最も大きな課題の一つが投資対効果(ROI)の評価だ。「通常、予算を取る際にはしっかりとリターンを説明した上で進める必要がある」と江見氏は説明する。しかし、AIを扱うプロジェクトの場合、実現可能性もその効果も事前に確実な予測が難しい。

それでも新しい技術への投資は避けられない。そこでMUFGでは、生成AI関連の予算について「特別な措置」を講じているという。

中長期的に非常に重要なものについては、かなり大きい予算も一旦確保しています(江見氏)。

ただし、それは無条件の投資ではない。予算を特別扱いする分、他の予算を削っているという現実もある。「規律を保ちながら、アジャイルに進めていく」という難しいバランスが求められている。

生成AIのもう一つの大きな課題が、非構造化データの取り扱いだ。この課題に対し、Sakana AIの奥田氏は新しい可能性を示す。

従来の機械学習では膨大な学習データセットが必要でした。しかし最近は、世界に対する“常識”を持った基盤モデルに対して、新しい情報を追加学習させる手法が発展しています(奥田氏)。

これにより、必要なデータ量は従来より大幅に削減できるという。ただし、課題が完全に解消されたわけではない。奥田氏は「実は一番大変なのは、電話での会話の手書きメモなど、人間が残した紙のデータをデジタル化すること」だと指摘。DXの基本に立ち返った地道な取り組みの重要性も指摘された。

一方、生成AIの「ハルシネーション」(幻覚)問題については、知識と推論という二つの面で技術的課題が指摘されている。知識の面では、「世の中の情報には、事実関係が曖昧なものも多い。LLMが学習する情報源自体に、そういった曖昧性が含まれている」と奥田氏は説明する。

推論の面では、「推論を重ねていく中で、可能性の一つでしかなかったことを事実として捉えたり、最初に与えた情報が抜け落ちたりする」という課題がある。これらに対し、Sakana AIは複数のAIエージェントによる検証システムを提案。「あるエージェントが出した答えを、別のエージェントが検証し、それらの結果を統合して確認していく」という方法だ。「人間の場合、チェッカーも4人目になると真剣に確認しないかもしれないが、AIは確実にチェックする」と奥田氏は利点を説明する。人間のダブルチェック、トリプルチェックに相当する作業を、AIエージェントが確実に実施できる点は、金融機関のような厳密性が求められる業務において、特に有効な解決策となりそうだ。

このように、生成AI導入の課題に対して、技術的な解決策と実務的なアプローチを組み合わせながら、実用化への道を探っている状況が明らかになった。特に、従来型の機械学習とは異なるアプローチで課題解決を図る姿勢は、今後の金融機関におけるAI活用の方向性を示唆している。

生成AI開発の持続可能性を探る

Sakana AIでプロジェクトマネージャーを務める奥田遼介氏

生成AIの発展に伴い、その持続可能性への懸念が高まっている。特に計算リソースと電力消費の問題は、業界全体の課題だ。ゴールドマン・サックスのレポートでも指摘されているように、生成AI開発には膨大なGPUリソースと電力を必要とする。実際、アメリカでは生成AI関連の需要により、原子力発電所の新設が従来の2倍のペースで進められているという。

奥田氏は「この業界がこれだけのエネルギー、お金、資源を使えているのは、ひとえに世の中からの期待の大きさ」と分析。ただし、この状況は永続的なものではないという。この課題に対し、Sakana AIは異なるアプローチを取っている。

世界的に戦えるレベルの巨大なモデルを膨大な電力を使って作ることは、あえてやっていません(奥田氏)。

その理由について、「日本で日本語の基盤モデルを一から作ることが本当に役立つのか」と疑問を投げかける。新しい手法や技術が次々と登場する中、巨大なモデル開発に時間とリソースを費やすことへの懐疑的な見方だ。

代わりにSakana AIが注力するのは、既存モデルを効率的に組み合わせる技術の開発だ。

最新のモデルを組み合わせて、新しい特性を持った高性能なモデルを作る技術を開発しています。これならGPU1枚を使って、1日の計算時間で実現できます(奥田氏)。

MUFGがSakana AIに出資した理由の一つも、このような効率的なアプローチにある。MUIPの鈴木氏は「音楽のDJのようなもの」とSakana AIを例える。「いろいろな音楽を自分でアレンジして流して、みんなが踊れるようにする。音楽を一から作るのではなく、いいところを取って新しいものを生み出す」という説明だ。

このアプローチは、生成AI開発における持続可能性とビジネスの両立を目指すものと言える。巨大な投資を必要とせず、かつ高い技術力で差別化を図れる点で、スタートアップとして理想的なポジショニングとも言えるだろう。特に、日本の技術開発の特徴である「効率性」と「組み合わせの妙」を活かした戦略は、今後のAI開発の一つのモデルケースとなる可能性を秘めている。

AGI時代に描かれる、産業構造の新たな姿

AGI(汎用人工知能)時代の金融市場は、どのような姿を見せるのか。江見氏は興味深い展望を示す。「もしみんなが同じAIを使って活動し始めると、為替や株式などの金融市場が成立しなくなる」という。同じロジックで動く存在同士では、取引が成立しないためだ。

そのため、「プレイヤーがそれぞれ、自分のデータ、自分のリスクアペタイトを理解させたAIを持って戦っていく」という世界観を描く。「野球で言えば、今の甲子園レベルが大リーグレベルになるような」金融市場の効率性、生産性の劇的な向上が予想されるという。

さらに、顧客との関係性も大きく変わる可能性がある。「お客様がAIエージェントを使って金融取引をやり始める」と江見氏は予測する。そうなると、金融機関側もAIを介して対応する形が自然となる。これは、現在のUI/UX設計の考え方自体を変える可能性を持つ。「人間を想定したインターフェースではなく、AIを想定したAPIを磨き込んでいく必要がある」という指摘は、金融サービスの設計思想の根本的な転換を示唆している。

一方、産業界全体を見渡すと、最も大きな変化が予想されるのはIT産業だ。「プログラマーの業界が大きく変わる」と奥田氏は指摘する。すでにアメリカではプログラマーの求人が激減しているという報告もある。

生成AIの進化により、コードを書く速度と性能は圧倒的に向上している。「プログラミング自体はいらなくなる可能性がある。何を作りたいかを言語化する能力は必要かもしれないが、実際のコーディングや修正作業は、どんどんコンピュータに置き換わっていく」と同氏は予測する。このような変化は、ビジネスの形態そのものにも影響を及ぼす。「1人でプログラミングからWebサイトの運営まで、すべてAIを使って行う起業家が増えている」という現象が、すでにアメリカで顕在化。奥田氏は「今までスタートアップで人を雇って任せていた仕事の多くが、すでにChatGPTのような生成AIに置き換わり始めている」と指摘する。

しかし、これは必ずしも人間の価値の低下を意味しない。むしろ、「知的な作業を伴うプロセスの自動化」には、人間特有のスキルと生成AIの組み合わせが必要だと考えられている。生成AIの進化により、人間に求められる能力は「何を作りたいのか」「何を実現したいのか」を明確に言語化し、AIと協働できる能力へとシフトしていく。

これは、産業界全体で求められる人材像の大きな転換点となる。特に、小規模組織や個人の生産性を劇的に向上させる生成AIの特性は、従来の組織構造や働き方に根本的な変革をもたらす可能性を秘めている。

MUIP 代表取締役社長の鈴木伸武がセッションのモデレートを務めた

セッションを通じて浮かび上がってきたのは、生成AIがもたらす変革は、単なる業務効率化や自動化を超えた、より本質的なものになるという展望だ。AI同士の相互作用による新しい市場の創造、人間とAIの役割分担の再定義、企業規模や組織構造からの解放など、従来の産業構造を根本から変える可能性を秘めている。

生成AIの技術的な進化は止まることを知らない。しかし、その活用の成否を分けるのは、結局のところ人間の側の構想力と実行力なのかもしれない。Sakana AIとMUFGの協業が示すように、異なる文化や背景を持つ組織が、それぞれの強みを活かしながら新しい価値を生み出していく。そのプロセスこそが、生成AI時代における持続的なイノベーションの鍵となるのではないだろうか。まさに今、その試金石となるような取り組みが、日本の金融界で始まっているのだ。

MUFG×Sakana AI ─ 金融グループが描く、生成AI活用の未来像【MUFG Startup Summitレポート】