グローバル投資家を動かした「3つの要件」— ログラス布川氏とALL STAR SAAS FUND前田氏が語る世界戦、その舞台裏【MUFG Startup Summitレポート】

2025.02.06

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経営管理クラウドサービスを開発・提供するログラスは2024年、米機関投資家のSequoia Heritage、そしてALL STAR SAAS FUNDが共同リード投資家を務めるシリーズBラウンドで、70億円の資金調達を実現。同社CEOの布川友也氏と、シード期からリード投資家として同社を支援してきたALL STAR SAAS FUNDマネージングパートナーの前田ヒロ氏が、グローバル投資家を動かすための戦略と、その裏にある長期的な資本政策の考え方を明かした。

三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)の佐野尚志のモデレートで両者の対話から見えてきたのは、「上場後の1000億円規模の時価総額」を見据えた7年にわたる緻密な布石だった。

前職での教訓から始まった、長期視点の資本政策

ログラス CEOの布川友也氏

ログラスが2024年に実現した、Sequoia Heritageからの大型資金調達。この成功の源流は、布川氏の前職での経験に遡る。投資銀行での新規上場支援の経験から、同氏は日本の上場企業が抱える構造的な課題を目の当たりにしてきた。

日本では毎年およそ80〜90社が新規上場しているが、その8〜9割は時価総額100億円未満でのIPO。この規模では上場後の株価維持が非常に困難で、端的に言えば“市場に振り向いてもらえない”状況に陥りやすい(布川氏)。

その後、あるスタートアップで自身が東証一部(当時)への市場変更を経験。上場時の時価総額は141億円だったものの、株価を上げきることができず、同氏の退職時には2桁億円台まで下落していた。「いいビジネスをやっているのに、むしろ未上場のときのほうがチャンスが多かった。特にロングポジションの機関投資家からは、投資検討の面談すら受けてもらえない状況だった」という。

この経験をふまえ、布川氏はログラスの設立時から明確な指針を持っていた。「機関投資家から無視されない規模になってからIPOしたい。証券会社からもSランクのメンバーを充ててもらえる規模の銘柄になりたい」。そのために、創業時から「最低8年は上場しない。10年、15年かかっても構わない」という長期的な方針を掲げた。

この方針に対し、シードラウンドから同社へ投資しているALL STAR SAAS FUNDの前田氏は「お金には色がある」と表現する。

お金を運用する側がどういう時間軸で物事を考え、どういう思想を持って運用しているかによって、投資先への態度やスタンスが変わってくる。布川さんが5年、10年、20年という時間軸で考えているなら、その考え方を支持できる投資家を紹介したいと考えた(前田氏)。

同時に、資金調達における取締役派遣の問題も意識していた。「ラウンドが発生すると社外役員が派遣されることが多いが、その人選によって取締役会の雰囲気が大きく変わるため、投資と社外役員の派遣は切り分けて考えられるようにしたかった。急成長している今の状況を崩したくないという思いもあった。その点、今回の海外機関投資家の座組みでは新たな役員派遣を伴わない投資条件だったのは、魅力的だった」と同氏は説明する。

このように、ログラスの資本政策は、布川氏の前職での教訓を活かした長期的な戦略として、創業期から緻密に設計されていたのだ。

グローバル投資家を動かした3つの要件

グローバル投資家との対話において、ログラスが最も苦心したのは「市場理解」の説明だった。布川氏は「海外投資家と会話する中で、日本市場の理解が全くないという前提で会話しなければ成立しない」と振り返る。

例えば、日本特有の「SIer」という概念を説明することにも苦労があった。

アクセンチュアのようなコンサルティングファームとは異なる、日本特有のSIerの存在。彼らが大企業の業務システム開発を担っており、そこにSaaSがまだ十分に浸透していない背景がある現状を説明する必要があった(布川氏)。

さらに、北米市場との違いを説明しながら、日本市場特有の機会を理解してもらう必要があった。布川氏は「まず日本の予算策定の市場(EPM市場)がグローバル、特に北米とどう違うのかを説明し、その上で日本市場における機会を理解していただく。これが最初の大きなハードルだった」と語る。

前田氏によれば、海外投資家とのミーティングでは、市場理解に関する議論が全体の約半分を占めたという。「特に大型の投資を検討する海外投資家は、まず市場の魅力を重視する。そこが納得できないと、その先の議論に進めない」と説明する。

次に重視されたのが、組織・チームの信頼性だ。「言語の壁があり、経営陣が本当に信頼できる人物なのか、チームは本当に強いのかを判断することは海外投資家にとって大きな課題となる」と同氏は指摘する。

この課題に対し、ALL STAR SAAS FUNDは重要な役割を果たした。

我々は投資前に組織診断や従業員インタビューを実施し、その結果を英語で整理して説明しました。既存投資家として『ログラスはいい組織を築いている』と説得力をもって伝えることができた(前田氏)。

最後に注目されたのが、事業KPIの可視化と実績だ。布川氏は「海外投資家は非常に細かいレベルでKPIを確認してくる。マーケティングのリード件数から商談数、受注率、チャネル別の効率性など、CEOが開発、組織、事業のすべての側面について詳細に説明できることを求められた」と説明する。

これらの要件に対応するため、ログラスは英語でのコミュニケーションが可能なCFOを擁していた。「元投資銀行出身で英語対応も可能なCFOの存在は、海外投資家とのコミュニケーションにおいて大きな強みになった」と、同氏は振り返る。

ALL STAR SAAS FUNDが果たした「通訳者」としての役割

ALL STAR SAAS FUND マネージングパートナーの前田ヒロ氏

海外投資家からの資金調達において、ALL STAR SAAS FUNDは単なる既存投資家以上の役割を果たした。その中核となったのは「Translator(通訳者)」としての機能だ。これは言語の通訳という意味だけでなく、日本市場特有の文脈や価値観を海外投資家に伝える「文化の翻訳者」としての役割も含んでいた。

前田氏は「既存株主の優位性は、長い時間軸でその会社を見続けていること」と指摘する。

2019年からログラスを知っているため、変化のプロセスを深く理解している。布川さん自身も、最初は右も左もわからない状態から、今では明確なビジョンと戦略を持つリーダーへと成長した。その過程を理解している私たちだからこそ、説得力のある説明ができた(前田氏)。

また、グローバル・ファイナンスの経験を持つVCが日本にはまだ少ないという現状も、同氏は指摘する。「グローバルの市場環境を理解し、日本企業とグローバル企業を適切に比較できる目線を持つVCは限られている。日本のマーケットで成功し、なおかつグローバルの競合にも勝てると説明できる存在が必要だ」という。

実際の資金調達プロセスにおいては、投資家との接点を効率化する役割も果たす。「なるべく負担をかけないよう、私たちが間に入って質問を整理し、懸念事項を事前に消化した上で、最後の議論に臨むというプロセスを心がけた」と前田氏は説明する。

さらに、クロスボーダー投資特有の課題への対応も重要だった。為替変動リスクや、日本特有の商習慣の説明など、投資における様々な不確実性を低減する役割を担った。

布川氏は「シードやシリーズAの段階から、将来的なグローバルオファリングを視野に入れているのであれば、そうした機能を持つVCに早期から参画してもらうことが重要」とアドバイス。「ログラスの場合、ALL STAR SAAS FUNDさんにこの役割を担っていただいたことで、海外投資家との対話がスムーズに進んだ」と評価する。

前田氏は、「投資に色があるように、VCにも色がある」と表現する。「特にグローバル展開を考える場合、その準備を支援できるVCとの協業は、資金提供以上の価値を生む可能性がある」。

このようにALL STAR SAAS FUNDは、資金提供者の枠を超えて、グローバル展開における戦略的パートナーとしての役割を果たした。ログラスの海外投資家からの大型調達を可能にした、重要な要因の一つとなったのだ。

「セコイア決戦」の舞台裏

Sequoia Heritageからの資金調達は、社内で「セコイア決戦」と呼ばれる一大プロジェクトとなった。その背景には、投資家から提示された「ターム・シート」の存在があった。

「当初から1枚のペーパーで、投資額とバリュエーション(企業価値評価)の条件が示されていた」と布川氏は説明する。

そこにはARR(年間経常収益)の目標値が記載されており、その数字に到達すれば、定められたバリュエーションで投資を実行するという約束だった(布川氏)。

しかし、その目標値は当時のログラスにとって「とてつもなく高い」ものだった。布川氏は前田氏が拠点を構えるシンガポールで対面し、バリュエーションの調整を試みた。それでもなお、非常に挑戦的な目標であることに変わりはなかった。

この状況に対し、布川氏は全社員の前で決意を示す。「この目標に到達できなければ、私たちの会社は空中分解して負ける」。そしてシリーズB調達の約1年前から、全社を挙げての取り組みが始まったのだ。

エンジニアには「今だけは長期投資という言葉は忘れて、短期で機能を全て作り切ってお客様に価値を届けよう」と呼びかけた。営業においては、実績のある営業担当者に良質な案件を集中させる判断も行った。インサイドセールスチームは、数千通の営業メールを1月5日に一斉送信するための準備を行った。

「当然、この目標が達成できなければ、経営陣はメンバーから『これだけ頑張ったのに達成できなかった無能な経営者』と思われるリスクもあった」と布川氏は振り返る。まさに「諸刃の剣」ともいえる挑戦だ。

しかし、この取り組みを支えたのは、顧客企業からの予想以上の支援だった。「来年度に予定していた導入を前倒しできないか」という依頼を、実際に100社以上回って説明した。布川氏によると、「9割のお客様には難しいと言われたが、1割の企業が協力してくださった」という。

ファイナンスの事情を説明し、お菓子を持参して訪問した際、ある顧客からは「すごく頑張っていたから応援したい」という言葉をもらったそうだ。

スタートアップの醍醐味は、ここにある。結果として、Sequoia Heritageという世界的な投資家が70億円の投資に参画してくれたことは、日本のスタートアップ業界にとってもよい影響があったのではないか(布川氏)。

「セコイア決戦」は、単なる数値目標の達成以上の意味を持っていた。社内の結束力を高め、顧客との関係を深める機会となり、さらには日本のスタートアップ・エコシステム全体にポジティブな影響を与える出来事となったのである。

日本のスタートアップ・エコシステムの発展に向けて

モデレーターを務めたMUIP Chief Investment Officerの佐野尚志

セッションの最後、布川氏と前田氏は日本のスタートアップ・エコシステムの未来に向けてメッセージを投げかけた。

前田氏は、日本の外の投資家と日本のエコシステムを繋ぐことの意義を強調する。

今回話したような取り組みを通じて、より多くの海外プレイヤーに日本を知ってもらうことができる。その結果、より多くの投資家が日本に関心を持ち、さらなる投資を呼び込める。この好循環を作り出すことが重要(前田氏)。

実際、統計を見ると、東証グロース市場での海外投資家の存在感は決して小さくない。取引の約2割が海外投資家によるものだ。一方で、未上場企業への投資においては、海外投資家の割合は2〜5%程度にとどまっている。「ここには大きな成長余地がある」と同氏は指摘する。

布川氏は自社の位置づけについて、野球界の例えを用いて説明する。

日本人選手がメジャーリーグに挑戦し始めた頃、多くの苦労があった。その後、大谷翔平選手がMVPを獲得するまでの歴史と同じように、私たちはまだ初期の段階にいる。もしかしたら、まだ『野茂英雄』の時代かもしれない。ここでしっかりと成果を出し、それを次の世代にバトンを繋ぐ役割を担っている(布川氏)。

海外投資家の招致において重要なのは、準備の早期着手だ。前田氏は「投資家との関係構築には最低でも1年、場合によっては2年という時間が必要」と指摘し、「時間軸とともに企業がどう変化していくのかを示すこと、その過程で有言実行していくことが重要」だと説明する。

また、クロスボーダー投資特有の課題に対する準備も欠かせない。布川氏は「先にも述べたように、英語でのコミュニケーション能力はもちろん、グローバルな文脈での市場理解、詳細なKPI管理など、準備すべき要素は多岐にわたる」と説明する。

最後に両者は、日本のスタートアップ・エコシステムの可能性を強調。「日本には素晴らしい文化があり、魅力的な市場がある。そして何より、素晴らしい人材が集まっている。これらを活かして世界を巻き込んでいく。そのためのモデルケースを作っていきたい」と前田氏は締めくくった。

グローバル投資家を動かした「3つの要件」— ログラス布川氏とALL STAR SAAS FUND前田氏が語る世界戦、その舞台裏【MUFG Startup Summitレポート】