スタートアップM&Aは特別なことではない — newmo、カンムが語る新成長戦略【MUFG Startup Summitレポート】

2025.02.06

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スタートアップによる事業拡大の手法として、M&Aの活用が注目を集めている。2024年1月の創業以来、わずか1年の間に2社の買収を実行したnewmoの青柳直樹氏、MUFGグループへの参画を選択したカンムの八巻涉氏、豊富なIPO支援実績を持つAGSコンサルティングの廣渡嘉秀氏を迎え、三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)の佐野尚志のモデレートでこのテーマを議論した。

変化するスタートアップの成長戦略

従来、日本のスタートアップにとって、その出口戦略は株式上場(IPO)が主流とされてきた。IPO市場は1990年代のマザーズ市場創設期には年間200社が上場するなど変動が大きかったものの、現在は年間100社弱で安定的に推移している状況だ。

そんな中、スタートアップのイグジット手段として比率が高まってきているのがM&Aだ。これまでに200件超のIPO支援実績を持つ、AGSコンサルティング代表取締役の廣渡嘉秀氏によれば、近年はスタートアップによるM&A案件も増加しているという。

廣渡氏はこの状況を「スタートアップとM&Aという掛け算が見えてきた」と指摘する。

その特徴は主に2つある。1つ目は、IPO前からの積極的なM&A活用。従来、上場前のM&Aは審査への影響を懸念して避けられる傾向にあったが、「果たしたいビジョンのもと、上場前からしっかりとM&Aで仲間を集める」という戦略が一般化しつつある。

また、MUIPの佐野は、近年のIPOとM&Aの逆転現象についてグラフを用いて説明する。特に公開市場で大きな変化があった2021年を境に、IPOが減少傾向に変わり、反比例するようにM&Aの比率が上がっている状況を説明した。

この背景には、スタートアップを取り巻く資金調達環境の変化がある。「7、8年前に比べて集まる金額が3倍から5倍になった。VCが増え、それぞれのファンドがパフォーマンスを出したことでファンドサイズが大きくなっている」と、newmoの青柳氏は指摘する。

2つ目は、IPOを目指しながらもM&Aによるグループ参画の可能性も同時に模索する「デュアルトラック」戦略の台頭だ。

2024年3月にKDDI傘下から上場したソラコム、12月にLINEヤフー傘下から上場したdelyなど、いわゆる「スイングバイIPO」の成功例も生まれ、ますます「デュアルトラック」はキーワードになると廣渡氏は話す。

スタートアップによるM&A実行のリアル

newmo代表取締役の青柳直樹氏

M&Aを活用したスタートアップの成長戦略を最も端的に示すのが、newmoの事例だ。2024年1月に設立された同社は、1年という短期間で2社の買収を実行。シードラウンドで約20億円、シリーズAラウンドで約167億円という大型の資金調達も実現させている。

同社の戦略は明確だ。

タクシー事業を基盤としながら、そこにライドシェアやフィンテックを組み合わせた新たな地域モビリティの創出を目指している。青柳氏は「タクシー事業者としての経営改善をしながら、その基盤の上でライドシェアをやっていく」と説明する。実際、大阪では11の営業所があり、自社で開発するタクシー配車アプリの搭載を進めるなど、タクシー事業のアップデートを行なっている。

驚くべきは資金調達とM&Aを同時並行で進めた点だ。1件目のM&Aは会社設立前から協議を開始し、シードラウンド実施前の1月末には基本合意にこぎつけたという。2件目についても、シリーズA調達と並行して交渉を進め、7月の発表に至っている。

M&Aによる大手企業グループ参画という選択

カンム代表取締役 執行役員 CEOの八巻渉氏

一方、大手企業グループへの参画というM&Aの形を選択したのが、モバイルプリペイドカード事業を展開するカンムだ。2023年3月、同社は三菱UFJフィナンシャル・グループの連結子会社となった。

カンムは、VISAプリペイドカード「バンドルカード」を主力サービスとして展開。2022年12月に資本業務提携を発表した時点で累計ダウンロード数が600万件超(編注:2024年2月、1000万件を突破)。さらに、入金すると年利2%が期待できる運用可能なクレジットカード「Pool」など、新規事業の展開も進めていた。

提携先の選定には約1年の時間をかけ、複数の候補と協議を重ねた。「事業の話については軽く触れる程度で、まずはお互いの思いをはっきりさせることが重要だった」と同氏は振り返る。バリュエーション(企業価値評価)の議論も重要だが、「シナジーがあり、事業を成長させていく上で必要な運転資金の安定性も重視した」という。

プリペイドカード事業という金融ビジネスの特性も、この判断に影響を与えた。「独立を維持していたら、資金調達は常に死ぬ気でやることになっていたと思う」と八巻氏は率直に語る。事業規模が拡大するにつれ、運転資金の需要も大きく膨らむ見込みだった。

M&Aの成功、カギを握るのはPMI

M&Aの真価が問われるのは、契約締結後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)においてだ。この点について、両社は対照的なアプローチを見せている。

newmoの場合、買収後すぐに「100日プラン」という明確な統合計画を実行に移したそうだ。M&Aチームを当初の3人体制から急速に10人規模まで拡大し、約20のプロジェクトを同時並行で走らせた。

特に重要だったのが、タクシー会社の営業所単位の管理会計の導入だ。「どの営業所が黒字で赤字なのかもわかっていなかった」状況から、各オペレーションの効率や目標数字を明確化していったという。

また、青柳氏が「心のPMI」と呼ぶ人間関係の構築も重視。「(書面に)サインして決まるまでは見せてもらえなかった本当のところが、その後わかる。それを把握しながら、人間関係を築いていって、少しずつハードな課題にも踏み込んでいける素地を作る」という。実際に自身が大阪と東京の二拠点生活をして、営業所を頻繁に訪問することで、現場との「ウェットな」信頼関係を築いていった。

一方、カンムの場合は大手金融グループの一員になるという特殊性から、より慎重なアプローチを取っている。八巻氏は「大きい会社なので、誰が何を言っているのかを最初は全然理解できなかった。組織図だけではない人の信頼関係を作るのに、ようやく最近『ここを押せばこうなる』というのがわかってきた」と振り返る。

同氏は統合における重要な学びとして、現場とのコミュニケーションの重要性を指摘。同社の場合、資本業務提携の検討段階からある程度の人数には情報を共有しながら準備を進めたため、統合発表時は「ほぼ無風」で迎えることができたのだそうだ。

スタートアップM&Aは、もはや特別なことではない

AGSコンサルティング代表取締役の廣渡嘉秀氏

スタートアップによるM&A活用は、今後さらに広がりを見せる可能性が高い。

廣渡氏は「M&Aの内容、やり方が、紐解かれ始めている」と指摘する。従来の「買収は大企業にお金があるからできる」という単純な図式ではなく、より戦略的で多様なアプローチが可能になってきているからだという。

ただし、成功のためには明確な戦略的意図が不可欠だ。同氏は「『興味が湧いたからスタートアップを買っちゃいました』はダメ。戦略が絡んでいるからM&Aが事業になる」とも注意を促す。

一方、将来のM&A、特にグループ参画を視野に入れるスタートアップには、八巻氏が「『この会社とこういうことをしたらどうなると思いますか』と、機関投資家にヒアリングさせてもらったほうがいい」と具体的なアドバイスを提供していた。特に親子上場を意味するスイングバイIPOを目指すような場合、PLへのインパクトを投資家候補からある程度は求められる一方で、40〜50%のPL影響があると独立性を疑われかねないという微妙なバランスにも注意が必要だ。

モデレーターを務めたMUIP Chief Investment Officerの佐野尚志

市場環境について、青柳氏は慎重ながらも前向きな見方を示していた。

「2021年頃から確かにマーケットは冬だが、『スタートアップ育成5か年計画』などのおかげで、実はそこまで悪化せずに来ている。ここから1年で急激に回復するかはわからないが、大きい意味ではIPOのマーケットもM&Aのマーケットも、今よりよくなる。悪くなることはないだろう」と展望を語る。

その上で業界全体への期待も込めて「ぜひ我々もGENDAさん(編注:エンターテイメント事業を広く展開、先駆的にM&Aを活用する上場スタートアップ)から学んだように、ナレッジを引き継いでいきたい。同じようなスタートアップのチャレンジが増えてくれたら」と締めくくった。

スタートアップによるM&A活用は、もはや特殊な事例ではない。それは、成長戦略の重要な選択肢として、確実に定着しつつある。今回の登壇者たちの経験は、後に続く起業家たちにとって、貴重な実践知となるはずだ。

スタートアップM&Aは特別なことではない — newmo、カンムが語る新成長戦略【MUFG Startup Summitレポート】