転換期を迎える日本のスタートアップ市場

2025.04.04

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左から:サッシャ氏(ナビゲーター)、MUIP佐野尚志、ノイハウス萌菜氏(ナビゲーター)

三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)のChief Investment Officer である佐野尚志が、J-WAVEのラジオ番組「STEP ONE」にてNewsPicksとのコラボレーションで語った、2025年の日本スタートアップ市場の新局面。安定した調達環境、海外投資家の参入拡大、そして「伸びしろしかない」日本市場の潜在力と成長分野に迫る。

成長する日本のスタートアップ市場

2024年、日本のスタートアップ市場は安定成長の兆しを見せている。2024年の資金調達総額は約7,800億円と前年から横ばいで推移した。NewsPicksが発表したレポートでは、約2,900社のスタートアップが資金調達を実施し、そのうち上位20社だけで全体の2割を超える1,700億円を調達したという特徴がある。

特筆すべきは過去10年での市場の成長率だ。「10年で5倍になる市場は日本ではなかなかない」と佐野は強調する。2014年頃には1,400億円程度だった市場規模が、現在では7,000億円から8,000億円規模にまで拡大した。この成長率は日本の他の産業と比較しても極めて高い水準にある。

しかし、グローバルな視点で見ると日本のスタートアップ市場はまだ小さい。世界全体の調達額が40兆円ほどであるのに対し、日本は全体の2%程度を占めるに過ぎない。佐野はこの現状について「伸びしろしかない」と前向きに評価する。

それでも、日本経済におけるスタートアップの存在感は着実に高まっている。経産省のレポートによれば、スタートアップのGDP創出効果は直接的に10兆円、間接効果も含めると19兆円規模に達するという。これは日本のGDPの3%程に相当し、都道府県別の経済規模で言えば第9位に位置する規模だ。北海道と福岡県の間に位置する経済規模がスタートアップセクターによって生み出されていることになる。このように、日本のスタートアップ市場は経済への影響力を着実に高めている。しかし国際比較で見れば、まだ大きな成長余地を残しており、この市場の潜在力は計り知れない。

グローバル環境の変化と日本への注目

2024年、日本のスタートアップ市場は海外からの注目度が高まった転換期を迎えた。佐野によれば、この変化はグローバルな投資環境の転換と密接に関連している。特に大きな要因として挙げられるのが、米国と中国という経済大国間の緊張関係の高まりだ。この状況を受け、国際的な投資家たちはリスク分散の観点から、投資先の多様化を模索し始めた。

その流れの中で浮上したのが日本市場だ。

日本は依然としてそれなりの経済大国でありながら、ヨーロッパやインドのように積極的に投資先として注目されていなかった。この状況が変わり始めた背景には、日本自身の取り組みがある。東京証券取引所が市場改革を進め、企業統治(コーポレートガバナンスコード)強化に取り組むなど、日本も構造改革を進めてきた。こうした動きが海外の投資家の目に留まるようになり、投資先としての魅力が高まったのだ。

同時に、日本のスタートアップ側も変化してきた。「日本の起業家も海外の投資家により積極的にアピールするようになった」と佐野は指摘する。スタートアップ自身が海外の投資家からの資金を積極的に集めるようになったことで、国際的な資金流入が増加している。

例えば日本の市場環境が外国人起業家にとっても魅力的になってきていることを示す象徴的な例として、外国人AI研究者が共同創業者となり日本で起業した「Sakana AI」などのケースが出てきている。また、NewsPicksの記事によれば、米国の有力VCであるKhosla VenturesやNew Enterprise Associates(NEA)といった世界トップクラスの投資家が日本市場に関心を示している。これは数年前には考えられなかった状況であり、日本のスタートアップエコシステムが新たな段階に入ったことを示している。

このように、グローバルな環境変化と日本の構造改革、そして日本のスタートアップ自身の国際化への取り組みが相まって、日本市場は新たな投資先として世界から注目を集め始めている。日本のスタートアップ市場にとって大きな転換点を迎えていると考えてよいだろう。

注目の成長企業と今後

では具体的にどのような動きがあるのだろうか?佐野は、特に目覚ましい成長を遂げている企業の例として三つの企業を挙げた。

その筆頭は、AI領域で急成長を遂げているSakana AIだ。

東京に本社を置くこのAIスタートアップは、小さなモデルを組み合わせて新しいモデルを作り、AIの利用をより広く普及させることを目指している。この企業の特筆すべき点は、3人の創業者のうち2人が外国人のDavid HaとLlion Jonesであり高名なAI研究者であることだ。外務省を経てメルカリで要職を務めた日本人の伊藤錬氏と共に日本において共同創業したことは、日本の市場としての魅力と可能性を示している。NewsPicksの記事によれば、Sakana AIは創業からわずか1年余りで評価額が2000億円を突破し、日本最速でユニコーン(企業価値10億ドル以上の非上場企業)となった。

二つ目の例は、モビリティ分野で革新を起こしているnewmoだ。

日本版ライドシェアサービスを展開するこの企業は、大阪万博を契機にサービスを開始した。グリーやメルカリなどで要職を務めた創業者の青柳直樹氏は、スタートアップながら既存のタクシー会社を買収するという手法で伝統的な産業にテクノロジーを融合させる改革を進めている。こうした従来の業界とテクノロジーの融合は、日本のスタートアップが取り組む重要な方向性の一つとなっている。

三つ目の例として挙げられたのは、法務領域のDXを推進するMNTSQ(モンテスキュー)だ。

AIを活用して日本の法務領域を改革するこの企業は、契約書のレビューなど高度な専門性を要する業務をテクノロジーで効率化している。自らも弁護士で創業者の板谷隆平氏によって創業されたこのサービスは、日本の多くの有力企業によって採用されており、専門性の高い業務をAIが支援することで、弁護士などの専門家は本来人間にしかできない業務に集中できるようになるという、価値の高い変革を起こしている。

過去10年で市場規模が5倍に拡大し、海外投資家の注目も集まるようになった日本のスタートアップシーン。その背景には、グローバルな投資環境の変化や日本における市場の構造改革など複合的な要因がある。特に近年の変化として、スタートアップと社会との距離が縮まっていることも注目に値する。東京では12人に1人がスタートアップに勤務しているという状況は、スタートアップが一般的なキャリア選択肢の一つとなりつつあることを示している。こうした認識の広がりは、今後のエコシステム発展にとって不可欠の要素だ。

日本のスタートアップエコシステムは、まだグローバル市場における存在感では小さいものの、その伸びしろは計り知れない。佐野が指摘するように、「投資環境、人、そしてチャレンジする機会」が揃いつつある今、日本のスタートアップが次のステージに進む準備は整いつつある。

転換期を迎える日本のスタートアップ市場