去る4月末日、三菱UFJイノベーション・パートナーズはスタートアップメディア「BRIDGE」が主催する勉強会に協力した。スタートアップの新たな成長戦略として注目を集めるスイングバイIPOをテーマにしたもので、セッションには2022年12月、MUFGが250億円の評価額で子会社化したカンム創業者、代表取締役 執行役員 CEOの八巻渉氏が登壇。
また、三菱UFJイノベーション・パートナーズからは本件に詳しいChief Investment Officer、佐野尚志がセッションに参加した。本稿ではいくつかの回に分けて、その勉強会のレポートを掲載する。前回ではスイングバイIPOのおさらいとカンムについてご紹介した。ここからはセッションの中身をお伝えする。
登壇者紹介
八巻渉氏
カンム代表取締役 執行役員 CEO
慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業後、大学と産学連携プロジェクトを進めていたStudio Ousiaにデータ解析のエンジニアとして入社。2011年にカンムを創業。
佐野尚志
三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)Chief Investment Officer
三菱UFJイノベーション・パートナーズ (MUIP) のChief Investment Officerとして、AUM800億円のファンドを運営し、国内外のスタートアップ投資と新規事業開発を担う。MUIP以前は、グローバル・ブレインにて国内外スタートアップ投資やCVCの運営に従事。それ以前はソニーにて、技術投資やJV設立等の新規事業プロジェクトのファイナンス、またリテールエナジー事業のカテゴリー責任者として、海外事業を運営。
創業からM&Aまでの道のり
まず、セッションはカンム創業期からM&Aまでの話題から始まった(太字の質問はモデレートを務めたBRIDGE平野武士氏によるもの)。創業期の増資からバンドルカードのヒットまでの道のりを八巻氏が振り返る。買収当時(2021年度12月期)のカンムの売り上げは約39億円。そこまでの成長はどのようにして生まれ、そしてなぜグループ入りを選ぶことになったのだろうか?
八巻さん、これは創業に近い時のお話なんですけど、この写真について説明していただいてもよろしいですか?
八巻:創業当初、いろんな起業家とオフィスをシェアすることが多くてですね、ここはいろんな有名企業が出ていった場所なんです。真ん中にはくらしのマーケットがいて、CAMPFIREやGunosy、下の階にBASEがあって、くらしのマーケットの後にはCoiney(現:STORES)、その後にはメルカリが入って、という感じでした。
今では上場もしているような名だたるスタートアップが集まっていた本当にボロボロの場所だったんですよね。そこで創業期を過ごされたわけですが、カンムとしては2013年に複数投資家から4000万円ほどの出資を受けられている。当時はカードリンクドオファーという事業を手掛けられていました。その事業をやりながら、2016年に現在の主力となるバンドルカードが出来上がるわけです。ヒットはどのようにして生まれたんですか?
八巻:当時まだ会員数で月に500人使っていただければいいみたいな世界観で、事業としてはまだ難しいかなと思っていたんです。ちょうど資金調達に回っていた時で、たまたまあるマーケティング施策でYouTuberの方にお願いしたら、CPA(顧客獲得単価)が激減してほんの数日で1万人ぐらいユーザーが増えたんです。そこでひとつマーケットの確認ができた、という実感はありましたね。ビジネスモデル的にはまだそこからでしたが。
いわゆる事業のグロースが見えるぐらいのステージで、ここから八巻さんたちはフリークアウトさんと2018年に資本業務提携を結ばれるわけです。ここからあとの資金はほぼここから拠出されることになるわけですよね。この資本政策の特徴について解説してもらってもいいですか?
八巻:そもそも、カンムの事業は資金決済法のライセンスを取ることが前提にあるので、純資産1億円を維持しないといけないんですね。純資産なのでデット(借入れ)では駄目なんです。エクイティ性のあるものじゃないといけなくて、僕は半分ぐらいの仕事がファイナンスだったのでこれは大変だなと。フィンテックはとてもお金がかかるというのは海外の事例からも見て思っていたので、一度、大きく資金調達する必要があると考えていました。
そんな時、M&Aと出資の「間」というパターンがあるかもね、と当時のフリークアウト代表だった佐藤裕介さん(現:STORES代表)からお話をいただいたんです。それでまとまって、資金を大規模に投入することができたんです。当時はまだまだスタートアップの資金調達額はそこまで大きくなかった時代だったので、小刻みにやるよりも大きく踏んだ方がいいと判断しました。
なるほど、じゃあある程度その時に現在で言う、スイングバイIPOの形ができていた、というわけなんですね
八巻:でも実際の計画達成はそう簡単じゃなかったですよ。リリースして2年目とかでビジネスもよくわかんないし、IPOはここまでにできたらいいよね、ぐらいのまだぼんやりとした感じでした。
バンドルカードがヒットして、マーケティングを踏めばさらに拡大するということがわかった。いわゆるPMFしている状態になったわけです。そしてセブン銀行さんと資本提携を結び、2022年の12月を迎えるわけです。この当時、もう既に売り上げが38億円あって利益も出ている状態でした。当然、単独でのIPOという選択肢もある中、なぜこのグループ入りしたのか。そこの部分をぜひお聞きしたいです
八巻:もちろん、単独IPOという選択肢が一番で「IPOするぞ」という掛け声と共に2021年から22年めがけて動いていました。当時はマーケットの状況が良くて、もう全然バリエーションが違ってたんですね。
2021年にはPayPalによるPaidy買収があり、IPOをメインで目指す一方、M&Aも並行して進め、より良い条件を選ぶというデュアル・トラックを検討する風潮が一部でありました。そんな中、我々も資本業務提携のお話を頂く機会があり、IPOをメインシナリオと置きながらもグループ入りについても本格的に検討することになりました。
IPOをメインで動かすんだけど、M&Aも同時に走らせて、よい条件の方を選ぶ。M&AのバリュエーションがIPOにも効いてくるし、IPOの投資家とメインとなる買い手の企業の両方にお願いできるということもあって、一定の水準以上のIPOを目指してる会社さんは両方検討されていました。
ここからはMUFG Innovation Partners(MUIP)の佐野さんも話に入られているんですよね。当時のカンムの資本政策や経営をどうみられていましたか
佐野:そうですね。資本政策ってある時点を切り取ると、これまでの結果でしかないのでそこから読み解きながらいろんな過去の歴史見させていただくっていうのが投資家という立場ではあるんですけれども、実際、それよりも大事なのはこの先の話なんですよね。
この先、本当にどうやって成長していくのか、その成長のための最適な資本構成になっているのか、またそれをどうしたらいけないのか。(MUFGグループの)ファンドの立場からすると、IPOでもファンドやMUFGからの直接出資でも、スケール感が出るアイデアがあるといいな、そういう視点でみていました。因みにMUIPはCVCファンドなので、未上場のスタートアップにマイノリティ出資させて頂くことが基本的な役割なのですが、一方でCVCとしての役割として、MUFGと事業連携出来ると双方事業がドライブ出来る可能性は常に追求していて、MUFGの事業部・グループ各社と連携する中で、結果的にカンムさんとの関わりも持つようになったということが背景にはあります。
当初は単独IPOを目指しながらもM&Aも視野に次のステージを準備していた八巻さんと、スタートアップとの事業連携を常に模索しているMUFG。話としてはうまくまとまりそうですね。実際はいかがでしたか
八巻:単独IPOを目指して安定株主の投資が欲しいという考え方でしたし、そもそもフリークアウトさんに大きなシェアを持っていただいてたので「持っていただく」という選択肢はそもそも弊社にあったんですね。子会社上場が前提ですから、大株主が他の会社さんになって、さらに良いシナジーがあるのであれば普通にそれは「アリ」ですよね。
ということでめでたくグループ入りを果たすわけですが、重要なのは佐野さんのお話の通り、このあとの成長ですよね。例えばソラコムはKDDIグループ入りして当時、8万回線の契約を200万回線にまで引き上げ、その後のスイングバイIPOへの道筋をつけました。カンムはすでに大きな契約ユーザーを持っていたわけですが、M&Aの中でどういうシナジーを期待していたのか、振り返りながらお話いただいてもよろしいですか?
八巻:短期的なメリットとして、とにかくこの事業は莫大なお金がかかるんですね。それが投資だけで必要な上に、上場しないと得られないぐらいの運転資金が必要で、そこを安定させる必要がありました。ここをクリアしない限り、IPOの機関投資家にリスクとして捉えられてしまう。これは明確にありましたね。
経営のスタイルについても、大手上場企業の傘下となるとガバナンスも大きく変わりますよね
八巻:四半期決算の開示に合わせていく必要があるので、明確に1円割ったらダメというレベルではないにしても、こういう基準を守っていきましょうという握りをやっていきますから、精度高く予算を実行する必要はありますね。経営管理的なところを作るっていうのが大きく変わったかなとは思います。
それとやはりIPO後の話でいくと、いわゆる親子上場にあたるので、ある一定の株式保有パーセンテージを維持したいという親会社さんの意向も出てきます。よって、一般論としては、資本が必要になったからと公開の資本市場で自由に新株を発行して資金調達するところの制約にもつながるんですが、弊社の場合、三菱UFJさんがバックにいるので、その分をバックファイナンスで対応したりいろいろな方法を検討できるんです。そこも明確なメリットでしたね。
しかし、ここまでお聞きしても一定のレベルの資本政策、特に公開市場に対する知識や経験を持っていないと見通しを立てるのが難しいと思いますが佐野さんいかがでしょうか
佐野:まさに今日の勉強会はとてもいいなと思っていて、スタートアップにとっての資本政策が重要であることはもちろん、実はこの話って買い手側にもすごく求められる話だと思うんです。
日本において数字的にM&Aの件数は増えている傾向にあって、社会的にももっと増やしていかないといけない。大企業もオープンイノベーションという形で取り込んでいこうとしていますし、各企業もいろいろなことを念頭に置いて物事が動きつつあるのかなと思っています。
そういう中、「いきなり100%買収します」というのはシンプルでもちろん(条件が合うのであれば)それはそれでいいのですが、スイングバイIPOが加わって選択肢が広がるのはよいと思っています。重要なのは、特定の事業をスタートアップから何らかの形でさらに成長させる上にどのような資金需要があるのか、その時のファイナンスの最適解はどこにあるのか、そういう議論が社会的にできるようになること自体がいいんじゃないかなと思いますね。
次回、最終回は当日会場から出た質問の回答を掲載する。