三菱UFJイノベーション・パートナーズ(MUIP)は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の各事業会社とスタートアップのオープンイノベーションを念頭に置いたコーポレート・ベンチャーキャピタルだ。スタートアップの技術やサービスをMUFGと掛け合わせることで、事業シナジーの創出やデジタルトランスフォーメーション(DX)の効果を狙っている。
昨年10月13日、MUIPは2019年の創立以来初の大型イベントとなる「MUIP Innovation Day 2023」を開催し、MUIPが投資するスタートアップ5社を海外から招き、MUFGの各事業会社から集まった参加者凡そ130人が、実際の協業事例や海外スタートアップの持つテクノロジー、そしてイノベーションへのマインドセットなどについて議論を行った。国柄も影響してか、海外から参加した投資先には、ChargeAfter、Lendbuzz、PayEmなど、テクノロジーに強いイスラエル発祥のスタートアップも複数みられた。(本社登記はアメリカの場合もある)
イベントの冒頭、三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役代表執行役社長兼グループCEOの亀澤宏規は次のように述べた。
はるばるお越しいただいた海外スタートアップの経営陣の皆様にお礼を申し上げます。MUFG参加者とのコミュニケーションを通じ、日本やアジアでの展開をはじめ、新たな可能性を積極的に追求して頂きたいと思います。 そして、MUFGの参加者の皆さんには、本日のイベントを通じて世界の最先端のフィンテック・スタートアップについて理解を深め、協業の可能性について考える機会として頂きたいと思います。
MUIPは2023年8月、200億円規模の3号ファンドを組成した。MUIPのAUMは、国内外に投資する3つの基幹ファンドと、東南アジアを中心としたMUIP Garuda Fundも含め、合計で約800億円に達している。MUIP創業から5年の実績の一つとして、AI与信モデルを用いてスタートアップ向けに融資を行う出資先のイスラエル企業Liquidity Capitalとは、三菱UFJ銀行と合弁でMars Growth Capital(Mars)を設立しており、Marsはアジアを中心としたスタートアップへの融資を行い、そのAUMは10億ドルに達している。
ここからは登壇した支援先について、それぞれの取り組みやMUFGグループとのシナジーについてご紹介する。
書類のホチキスを取り外して電子化、人が500年かかる作業AIがこなす「Ripcord」
一見すると、デジタル化やオンライン化が進んだが、バックヤードには多量の書類が残されている。近年のAI導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)の波で、そういった書類をデジタル化しようとする動きはあるものの、一枚一枚をスキャナで取り込んだり、取り込んだ画像を文字認識させたりする作業は、もはや人の手には負えないものになっている。
MUFGで中部地区の事務処理を担う師勝センター(名古屋)では3億枚を超える書類を取り扱っているという。仮に人が手作業でこれらをスキャンしたり、データ化したりするならば500年かかるため、MUIP Chief Executive Officerの鈴木伸武は、着工から完成まで150年かかるとされるガウディの名建築になぞらえ「これぞ、解決すべきMUFGのサグラダファミリア」と語った。
こうした書類のデジタル化で白羽の矢が立ったのが、シリコンバレーを拠点とするスタートアップRipcordだ。「From Doc」はロボティクス技術とAIにより高速で書類をデジタル化するロボティクススキャンニングサービスだ。RipcordはFrom Docを、文書管理コンサルティングと、BPOサービスに組み合わせたものとして提供している。
MUIPは、Ripcordに2021年に投資しました。元々は、サンフランシスコにいるMUFGのGlobal Innovation Team (GIT) がソーシングし、MUFGの業務改善につながるとしてRipcordとの協業が始まりました。(鈴木)
Ripcordはもともと顧客から書類を預かって、センターの設備でデジタル化を代行するのが標準的なサービスフォーマットだが、MUFGの書類には個人情報も多数含まれるため、法律の制約上、国境を超えてRipcordをセンターに持ち出すことはできない。そこで、MUFGがRipcordと協業し、師勝センター内にRipcodeと同じ仕組みを設営することにしたという。
『MUFG Hanko Project』と名付けられたプロジェクトでは、師勝センターにRipcodeのロボットを18台導入しました。ロボット1台あたり、1時間に1,500枚の書類を処理できるので、2億枚の書類をデジタル化するには、5年間かかる計算になります。(Ripcode CEOのSam Fahmy氏)
冒頭書いた3億枚という数字とFahmy氏が語った2億枚という数字の違いは、書類の表裏両面を読み込まなければいけない場合の差分から生じたものだ。MUFGでは、書類を紙のまま保存していることで年間数億円の倉庫費用がかかっており、必要な書類を探し出すのにも膨大な時間とコストがかかっていたという。
国内と海外では、規制や金融システムが違っていたり、コミュニケーションやカルチャーの違いはあるが、海外のスタートアップの技術は国内にないものも多く、彼らとパートナーシップを組めれば、MUFG単独ではできなかった価値をお客様に提供できるようになります。(MUFG執行役常務デジタルサービス事業本部長兼グループCDTOの山本忠司)
RipcordはMUFG以外にも、日本国内では富士フイルムとジョイントベンチャーを設立し、日本企業向けに、BPO形式で書類のデジタル化サービスを提供している。アメリカのスタートアップが日本の大企業とうまく組めている理由についてFahmy氏は次のように語る。
品質に関して言えば、アメリカであれば99.5%正しければ許容しようという文化があります。でも、日本はそれよりもっと厳しい品質を求められます。日本でビジネスができたという事実は、我々が世界の他の場所でビジネスをする上でも有効に働きます。そしてもう一つは信頼関係の醸成です。これは、一緒に飲みに行ったりして仲良くなりましょう、ということではなく、相手の期待値を超えて、何かを求められたら、それを実現するということです。約束を守るということが非常に重要だということを感じました。(Fahmy氏)
MUFGと海外のスタートアップ、性質が全く異なるものが交わることで、大きなシナジーが生まれる可能性がある。鈴木は招いたスタートアップらの持つ事業やサービスを、MUFGの各事業会社に取り入れることを積極的に考えてほしいと述べ、このセッションを締め括った。
Ripcordについて
RipcordはロボティクスとAIを組み合わせた技術を強みとするスタートアップで、そのソリューションは、ホッチキスを外す機構、書類のスキャンと文字認識(OCR)、読み取った情報を整理するソフトウェアなどで構成されています。書類をセットするだけで、効率的に情報をデジタル化することができます。Ripcordのサービスは、センターの書類を送ることを前提とたクラウドベースで提供されていますが、印鑑票は個人情報であり日本国外に持ち出せないため、三菱UFJ銀行は名古屋の師勝センターにRipcordの設備を設置しました。
同社はまた、地元アメリカで、金融機関の他にIRS(アメリカ国税庁)にもソリューションを提供し、納税申告のデジタル化も手がけています。日本では昨年、Ripcordと富士フイルムの合弁会社が、日本の政策機関である国際協力銀行にRipcordのソリューションを提供することが発表されました。最近では、OpenAIと連携提携し、自然言語で質問するだけでスキャンした文書の中から欲しい文書を簡単に発見できるジェネレーティブAIツール「Docufai」を開発。電子化サービスと掛け合わせた「Docufai Express」を今後サブスクリプション形式で提供予定です。
2014年に創業したRipcordは、これまでに5回のラウンドを通じ総額で1億1,750万米ドルを調達していて、Kleiner Perkins、Google Ventures、Silicon Valley Bankといった有名VCや投資銀行のほか、Apple共同創業者のSteve Wozniak氏、中国のBaidu(百度)のようなテック大手、製造業や製薬業など、Ripcordの技術の恩恵に預かる可能性のある多様な企業が投資家として名を連ねています。
MUIPでは2021年に当社に出資をさせて頂きました。実は出資時点では既に当社と銀行の協業プロジェクトは始まっていましたが、出資は既存の協業関係をより強固にすることに加え、将来的にRipcordのソリューションを三菱UFJ銀行がお客様である大企業等に販売していくといった新しい協業関係を創っていくことも視野に入れたものでした。当社のソリューションは高度なハードウェアとソフトウェアの技術の融合により実現されたものです。また書類の電子化という極めて分かり易くかつDXのど真ん中のテーマに取り組み、MUFGを含む米日の企業、公共セクターで実績を上げつつあったという点が出資の決め手となりました。